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1988年生まれ。福岡出身のメガネが書く雑多ブログ

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イマムラアユムの生い立ち【7歳~11歳】

2016年の春から、ブロガーという肩書でネット活動してます、イマムラアユムです。

 

前回の0歳~6歳までの生い立ち記事を書いたのが去年の11月なので、もう4ヶ月経過してますね…。

もっとハイペースで書いていこうと思ってたのに、生い立ちシリーズの更新が止まっていた。

今回は7歳~11歳までの生い立ちを、「自分棚卸し」と称して記憶をたどりながら書いていきますね。

あと、この記事に貼っている写真はすべて、私が住んでいた福岡県久留米市の風景です。

 

前回の記事↓

 

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小3の頃に再びお引越し

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小学校2年生の時に通っていた金丸小学校から合川小学校に転校したのですが、

家が野中町という、学区外の場所にあったんですよね。

それで色々と問題が生じていたので、やっとこさ小学校3年にあがるころ(1997年)に

合川小学校の学区内である「東合川」という地域に母、祖母、兄、私の4人でお引越しすることになりました。

 

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当時住んでいた家付近の様子。

近くにびっくりドンキー(ハンバーグレストラン)があったので、よく晩御飯を食べに行ってました。

 

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この道を右に曲がると住んでいたアパートに。

まっすぐ行くと遠足でも、兄貴ともしょっちゅう遊びに行っていた中干出公園が。

 

 

 学区内に家族そろって引っ越したことにより、徒歩で学校に通えるようになりました。

 

当時はほんとに友達いなかった

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友達…いなかったと思います。

金丸小学校にいたころは何人かと遊んでた記憶あるんですが、合川行ってから高学年になるまで友達できた記憶ありませんね(笑)

学校では全くしゃべらなかったし、ほんとに気配消してました。

ずうっと椅子に座ったままで、クラスの人間関係を眺めてましたね。

「誰も私に関わらないで」って強く思ってました。

それでも遊びに誘ってくれる子は必ずいたので、その時は一緒に遊んでたと思います。

でも心を許して遊べた友達は一切おらんかったな…多分。

てか自分、普通にいじめられてた気がするわ…うん。

もう記憶が曖昧で、正確に覚えてないんですよね。

あまりにもつらすぎて記憶を抹消しているのかもしれない。

 

小5の時に初めて友達と呼べる人ができる

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小学校2年生の時からずっと同じクラスメートだった田島くん(仮名)という子と、なぜか5年生になって急に仲良くなりました。

多分ね、田島くんが私に興味を持ったのか何なのかで、よく話かけてくれてたんですよね。

あとは私のことをなぜかすごく気に入ってくれてて、

クラスで一緒に居てくれた富永さん(仮名)というヤンキー系の女の子とも田島くんは仲良かったので、

その繋がりで私とも話してくれたのかも。

田島くんとは夏休みもほぼ毎日一緒に遊んでました。

田島くんのおねえちゃんとも仲良くなって、田島くんが他の子と遊びに行ってる時でも、おねえちゃんと一緒に遊んでましたね。

田島家のみなさんとは、小学校5年生のころほんまにお世話になりました。

私は小学校6年にあがるときに広島へ移住してしまったので、田島家と深く関わった期間は1年だけ。

それでも、田島くんたちと同じ時間をたくさん共有できたことは、今でもいい思い出だし、すごく感謝してる。

あの時、ずっとそばに居てくれてありがとう。

 

「こういうタイプが将来ビックになるんだよね」

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小学校5年に上がってもちょくちょくいじめられて記憶があります。

担任の先生はそれを止めるでもなく、結構冷静に観察するタイプの人でしたね。

多分、私を人間的に強く育てようとしてくれてたんだと思います。

「あえて助けない愛」なんだろうなと、当時から私は感じてました。

 

そんな先生が休憩時間というちょっとした合間に、私を見てこう言いました。

「こういうタイプ(大人しくていじめらてる)の方が、将来ビックになったりするんだよね」

この時の言葉を今でもずううっと忘れずに覚えているんです。

多分、クラスの誰かが「将来有名になったら~」とか先生に話してたんだと思うんですよね。

それに対して先生が受け答えをしていて、ふいにこっちを見て発してきたセリフでした。

純粋に嬉しかったんでしょうね、自分。

だからずっと覚えているんだと思います。

「先生の言う通り、絶対将来ビック(有名)になって、私をいじめてバカにしてきたやつら全員見返してやる!」

そう強く思った瞬間でもありました。

 

母の再婚が決まり、広島へ移住する

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お母さんは私と兄を育てながらも、時々お見合いをしていました。

これから兄も私も中学高校と進学して行くにつれ、お金がかかってくるからです。

私たち兄妹を養ってくれる男性を探していたんだと思う。

何人もの男性とデートをした結果、広島に住んでいるバツイチ子持ちの男性と再婚することに決まりました。

それが今現在の私の義父です。


2000年の春。

私が小学校6年生に上がる年。

11年間住んできた街、福岡県久留米市を後にし、

母と兄と祖母と私は広島県へ移住しました。

 

 

次回は12歳からの生い立ちを書きます。

広島に移住した後の人生です。

 

以上!

イマムラアユムの生い立ち7歳~11歳でした!

 

 

 

記事を書いている人

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イマムラアユム@ImamuraAyumu

福岡県出身の1988年生まれ。2012年に働き過ぎて難病(膠原病)発症したやつ。自分の身の回りのことをネタに、楽しく雑多にブログ更新してます。

 

  

 

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