アイディアは熱いうちに打て

1988年生まれ。福岡出身のメガネが書く雑多ブログ

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【心境の変化】病気になって良かったと心から思えるようになってきた

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こんにちは。

ブロガーのイマムラアユム(@ImamuraAyumu)です。


私は2012年に膠原(こうげん)病の自己免疫疾患を発症しました。

膠原病は難病に指定されており、いわゆる不治の病ってやつです。


全身に炎症が起きて死に至る病気ですが、

 それを抗炎症薬である「ステロイド」を内服することにより、 


炎症が進行するのを抑えながら生活しています。 


膠原病についてもう少し知りたいかたはこちらの記事をどうぞ↓

「働き過ぎると病気になる」っていうのは本当だった話。~私の持病は膠原病~ 


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診断された当時は地獄に落ちたような気分

 2012年前半に発症していますが、病院に行って検査をしたのは2013年5月。

それまでは自分の身体の変化に気付いていながらも、

「まさか自分が病気なハズがない」などと、

まったくもって根拠のない思い込みをして病院に行かなかったのです。


行かなかった理由として他には、

・もし病気だった場合に沢山の医療費がかかるから。

・病院に行き慣れていなくて、行くのが億劫だったから。


この2点もありましたね。


しかしさすがに「関節のこわばり」が出始めてからは、

自分は病気なんだと自覚し、重い腰をあげてとうとう病院に行きました。


私は自分で自分におこっている症状をネットで調べて、

「自分は膠原病の可能性がある」ことを認識していました。

なので医師にも「膠原病かもしれません」とはっきり伝えていたのです。

担当した女性の医師も、まさかひょいっと急に病院に来た人が難病抱えてるなんて、

本気で思わなかったのでしょう。


「あのね、ほんとの膠原病の人はもっと顔に紅斑あるし、

レイノー現象(寒いと指先が白くなる現象)ももっとひどかったりするの。

あと関節の痛みも、もっとひどいから」
って、

説得するかのように話しかけられた記憶があります。


「とりあえず血液検査を」ってことで血液採取されて、

その1週間後に結果を聞きに病院いきました。

 
結果はビンゴで膠原病。


医師が私に検査結果を告げるときのあの、

「どうしようマジで膠原病だったわ」感が忘れられません(笑)

戸惑ってるけど冷静よそおってる感が出てました。


こっちこそ急にきてドカンと一発難病落としてすみません…と申し訳なさもありつつ、

私は自分の予想が当たっていたことに

「ああ、やっぱりか」という気持ちと

「私が…ほんとに難病だなんて…」という気持ちが交差してましたね。


当時私は24歳。

「病気=人生の終わり」くらいに思ってました。


まわりに難病持ちの人なんていなかったし、

一生を治らない病気を持って、いつ死ぬか分からない状態で生きていくなんて…


もう、「地獄に落ちた」以外に表現しようがなかったです。


まさに人生のどん底。

それが2013年の5月、自分が膠原病だと診断された月です。

病気に関する沢山の知識と情報を吸収する

2013年6月から、病状がどこまで進行しているかを確認するために、

総合病院に検査入院しました。

そこから私は空いた時間を利用して病気に関する様々な本と、

ネットを利用して膠原病に対する知識をものすごい勢いで吸収していったのです。 

 

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画像は当時1ケ月くらいで読んだ本たちです。

病気に関する知識なんてほとんど持っていなかったので、

「助けて!!」心の中で叫びながら、当時の私は本屋さんに駆け込んでいました。

私にとっての駆け込み寺は、今も昔も変わらず本屋さんです。


病気をどうにかして治したいという気持ちを持っていた私は、

安保徹氏やノーマン・カズンズ氏の本にかなりの影響を受けました。

特にノーマン・カズンズ氏は自ら膠原病を克服した人物であったため、

「私も必ず膠原病を克服してみせる!!」と、

人生のどん底を味わっていた私に希望を持たせてくれたのです。

様々な療法を試してみるも、病状は良くならず…

 「膠原病克服計画」なるものを打ち立げて、最終目標として

膠原病の症状ゼロ&ステロイド内服ゼロ

の旗を掲げ、自分でできる範囲の様々なことをやってみました。


抗炎症薬であるステロイドが効き目が強力な分、

副作用も沢山出ますからね…。

長期で多量の内服はしない方が良いのです。


※ちなみに克服計画の記事はこちら↓

2013/08/30に書いた「膠原病克服計画」(当時24歳)

2015/08/30の膠原病克服計画NO.2 

膠原病克服計画NO.3 


しかし短期目標は達成できるものの、最終目標としての症状&ステロイドゼロへの道のりは厳しい。

しかも2015年12月ころから無理やりステロイドを減らし過ぎたのと、当時様々なストレスがあったせいか、

病気が再燃してしまいます。


この記事を書いている現在(2016年7月)、ステロイドを17.5mg毎日内服中。

2015年ではステロイド5mg内服だったので、3倍以上に内服量は増加しました。

短期目標を叶えたいという気持ちが焦りになり、

病気を悪化させてしまった部分もあるのだろうなと反省してます。


あまり自分をせめてストレスをためるとまた病気が悪化しかねないので、

「死んでいないのなら、人生の経験値を得る為の教材だったんだ」とプラス思考に切り替え、

今は再びステロイドを10mg以下に減らすことを短期目標として日々を生活しています。

病気になって良かったと心から思えるようになってきた

 病気だと診断された当時は、

「あの時無理して仕事をしなければ…」

「あんなに自分を責めなければ…」


など、悔やんでも仕方ないことでクヨクヨ悩んでいましたね。


病気になってからも沢山の「初めて」を経験しました。

初めての入院。

初めてのステロイド内服。

初めての副作用。

初めて「病気を抱えて生きる」という体験を味わいました。


どれも最初は初めてだったので、すべてが自分にとって刺激的であり、

周囲の人たちにもギャーギャー大げさに騒いで報告してました。

そしたら言われるようになってくるんですよね、

「病気だから、なんなの?」って。


いやー…当時の自分にはかなりキツイお言葉でした。

しかし言ってしまう人の気持ちも分かります。


「病気だからという理由で色々許されるのなら私も病気になりたいわ」って、

そう思うんでしょうね。


だから徐々にギャーギャー騒ぐのを止めました。

「病気じゃない人たちに何を言っても私の気持ちはわかってもらえない」

それを身をもって実感しましたし、

私自身も病気持ちの身体に慣れてきたという部分もあったので。


今では調子が悪いときはサラっと周囲の人に伝えますけど、

あまり細かく伝えないようにしてます。

事実だけを伝える。そんな感じ。

あとは自分でできないことだけをやってもらう。

これも事実だけを伝えると同じですね。


病気を抱えながら生きるのには、いろんなコツがいるんですよね。

それは自分自身の生活の仕方から、人間関係の形成の仕方まで、

色んな部分に病気は影響を及ぼします。


病気だと診断される前とされた後の自分は、

もう今じゃ半分以上は中身が入れ替わってると思います。

価値観も性格も、人間関係も、生活スタイルも、ほとんど変わりました。

そしてほとんど中見が変わってしまったと思う今、

私がようやく心から思えるようになったのは、


「病気になってよかった」

ということです。


・病気になることで自分の生き方を本気で考えるようになった。

・病気になることで病気を抱えて生きる人たちの気持ちが分かるようになった。


なにより病気になって不自由なことが増えることで、

今自分が生きて、ご飯を食べれて、お風呂に入れて、

働けることがどれだけ幸せなことなのか
が、

分かるようになりました。


病気という不自由さを手に入れたおかげで、

私は本当の意味での自由と幸せを手に入れたような気がします。


生きるってなんなのか。

自分のやりたいことってなんなのか。

何が自分の幸せへとつながるのか。


この数年真剣に自分へ問い続けてきました。

こんなこと、病気になって自分の「死」を身近に感じる機会がなければ

真剣に問い続けることもなかったでしょう。


身体面での不自由さはあります。

できないことも沢山増えました。


しかし私はそれでも今は心から、病気になって良かったんだと思っています。

ようやく「病気」を自分の中に受け入れることができた、そういう気分です。


きっとこれからも沢山の不自由な場面とツライ場面に出くわすと思います。

そういう時にこの記事で書いた想いを思いだして、

その苦難を乗り越えていく糧にしていきたい。










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