アイディアは熱いうちに打て

1988年生まれ。福岡出身のメガネが書く雑多ブログ

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「誰かのために」の本質は「自分のために」である

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こんにちは。

難病ブロガーのイマムラアユム(@ImamuraAyumu)です。

自分の中で、人に優しくする時の定義があります。

それは、「自分のために人に優しくする」ということ。

誰かのために、何かのために頑張る、優しくするという考えは捨てています。

人間は基本的に自分のこと、自分のためになることしか考えないと思っているので。

 
そう、誰だって自分の姿が瞳の奥に映っているのです。


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自分のためであれば相手からの見返りはいらない

よく「相手のことを思って〇〇をした」って発言する方おられますが、

これは正確にいうと相手のことを思っていません。

自分の欲を満たすために行動しているだけです。



相手を喜ばせたい自分のために行動する。

これが真実でしょう。

だとしたら、相手が自分の行動で喜んでくれなかったとしても、

「何がいけなかったのか」

「改善点はどの部分で、次からどのようにすれば喜んでくれるのか」


という自己反省会につなげることができるんですよね。

そうすればまた自分の中でPDCAのサイクルをまわすことができます。
(計画→実行→評価→改善)


自分の行動で相手が喜んでくれなかったからといって、

「君のために〇〇してあげたのに!!」

などと相手に怒るようなことはなくなります。

正直、相手に何かして良い反応が返ってこないからって、

怒るような人の方が自己中です。



「君のために~」とか言って後で激おこぷんぷん丸になるくらいなら、

最初から自分のためだと発言して、自分のために動きましょう。

「君のために~」で、後で怒ってるヤツは正直ダサいです。


自分のためだと考えたら自己犠牲をしなくなる

自己犠牲の精神は必要だ。

と、自己啓発や聖書など、様々な本にも書いてありますが、

私は自己犠牲の精神はおすすめしません。

そもそも「自己犠牲」とか何なのでしょうか。

ウィキペディアだと

自己犠牲(じこぎせい、self-sacrifice)とは、

他者のために、自己の時間や労力や生命をささげること。


と、書いてあります。

家族のために、友人のために、恋人のために自分をささげることが自己犠牲みたいですね。

なるほどなるほど。


…いやいやいやいや、

これは違うでしょ~。

自己犠牲の精神で「誰かのために~」って頑張ってたら、

いずれ「なんで自分はこんなに頑張っているんだろう」

「なんでみんな私に感謝してくれないんだろう」って思ってきますよ~。

要するに自己犠牲の精神だと長続きしないんですよ。

途中で嫌気がさしてきます。

もしくは頑張りすぎて病気になってつぶれるでしょうね。


以前自己犠牲に関する記事も書いてますので、

興味ある方は後で読んでみてください↓

つい自分を犠牲にして頑張ってしまうあなたへ。まだ自己犠牲で消耗してるの?

 
もう一度伝えますけど、人間誰もが自分自身を中心に物事を見てるし、生きているんです。

瞳の奥には自分が映っています。

なので自分ではっきりと

「人に優しくするのは自分のためである」ことを認識するべきなんですよ。

その認識をし始めると、自分が損をするような行動をしなくなります。

自分を犠牲にせずに、「相手を喜ばせたい」という自分の欲求を満たすようになるのです。

自分のために相手を助ける精神を持とう

長期的に、そして相手に期待せずに他者貢献していくには、

「他者貢献は自分のためである」という意識を常に持つことが大事です。

え?

なになに?

たとえ自分の欲を満たすために優しくするとしても、

ちょっとくらい何か見返りが欲しい?

大丈夫です。

人に優しくした事実は、必ず自分に返ってくるものです。







今回つぶやきを記事に載せた、
SAZAE Bot(@sazae_f )の中の人の本↓

 

 

 

 






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note/イマムラアユム 

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